はじめに
さて、皆さんは「チサンイン名古屋」というホテルをご存じだろうか。
まるでミステリ小説に出てくるようなフロアマップとして話題になったため、見たことがある人もいるかもしれない。
実際のフロアマップ
今回は実際にこの「チサンイン名古屋」に泊まり、実地調査をすることで本当にミステリ小説のような事件を起こせるかどうかを検証したい。
トリック考察
①ドア・鍵を使ったトリック
古今東西ドアを利用したトリックは多数存在する。一番シンプルなものは外側から鍵を開け閉めすることで密室を作り出すものであろうが、それらのトリックが可能か検証する。
チサンイン名古屋の実際のドアと鍵は以下の写真のようになっている。
まずホテルなので当たり前だがチサンイン名古屋はオートロックである。
ゆえに鍵のかかった部屋を作り出すだけなら容易であり、鍵を閉めるタイプのトリックはトリックとして成り立たない。
それでは反対に鍵のかかったドアを開けるトリックはどうだろうか?
まずはドアの隙間から糸や針金を通して鍵を開けるトリックを考察する。
チサンイン名古屋のドアは下の部分に隙間が空いているため、ある程度の厚みのものなら室内に入れることは可能であろう。
ただしドアノブが丸型のため内側のドアノブに針金をひっかけて扉を開けるといったトリックは実現性が低い。
それ以外の方法となると蝶番を外してドアごと開けるといったトリックもあるが、外側から干渉できる部分が存在しないためこのトリックも成り立たない。
当然だが簡単に部屋に入ることは出来ないセキュリティなのだ。
その他にもカードキータイプのホテルでよくある鍵を壁面のスロットに差し込んで照明をオンにするタイプの場合、刺さっている鍵をすり替えることで鍵を手に入れて、後から侵入するといったトリックもあるがチサンイン名古屋はそのタイプではないので室内で鍵を見つける必要がある。
鍵を探す手間がかかる分、すり替える瞬間に照明が消えないのでバレにくいというメリットもあるがそもそも室内に入ることが難しいので室内で鍵をすり替えるトリックは成り立たせにくいだろう。
また、すり替えた後に部屋の住人が外に出て再度部屋に入ろうとした時点ですり替えがバレてしまうのでトリックとして穴が多い。
結論
・ドアの隙間から何かを入れることによるトリックは可能。
・(防犯上当たり前だが)ドア自体を開けることは難しい。
・オートロックなので鍵をかけて密室にすることは容易。
・鍵のすり替えトリックは可能だが、室内に入り込んですり替えが出来る時点でわざわざ鍵を手に入れる必要がない気もする。
鍵を閉めるトリック
実現可能性:★★★★★
面白さ:★☆☆☆☆
ドアを開けるトリック
実現可能性:☆☆☆☆☆
面白さ:★★★★★
鍵をすり替えるトリック
実現可能性:★★★☆☆
面白さ:★★★☆☆
②窓を使ったトリック
密室においてドアがダメだったら窓と相場が決まっているので窓を使ったトリックを考える。
実際の窓
チサンイン名古屋のフロアマップを見ればわかるが内側の中庭に面する窓がある部屋と、外周に面する窓がある部屋の2タイプに分かれる。
外周の窓に関しては外から丸見えかつ、隣のビルなどもないためトリックに使うことは難しい。
そのため今回は内側の窓が存在する部屋に関してトリックを考察する。
窓は片側のみがわずかに開く仕組みになっており、ボタンを押しながらでないと閉められない仕組みとなっている。
そのため室外から窓を閉めるのは非常に難しい。(何らかの物体を使ってボタンを押してもその物体が室内に残ってしまう。)
窓を開く際にもロックを解除する必要があるため外側から開けることも困難である。
また当たり前であるが高層階は窓に対して外側から干渉するための足場が存在しない。窓を内側から開けて室内の巨大なものを細かく分けて捨てる物体消失トリックとしては可能かもしれないが、それ以外の利用は難しいだろう。
結論
・外からの窓の開閉は不可能。
・大型のものを小さくバラして部屋から消す物体消失トリックは出来るかもしれない。
窓の開閉トリック
実現可能性:☆☆☆☆☆
面白さ:★★★★★
窓を利用した物体消失トリック
実現可能性:★★★☆☆
面白さ:★★★☆☆
③音を利用したトリック
これは部屋に実際に泊まって感じたことだが、かなり周囲の部屋や廊下の音が聞こえやすい。そのため音を利用したトリックは可能性があると感じた。
例えば部屋の中に音を再生する機器を置いておくことで特定の時間に人が部屋にいたように見せかけることが出来るだろう。
これらを利用したアリバイトリックは可能と思われる。ただし機材を利用した場合はそれらの回収が必要となる。
上記の通りドアを外側から開けることは難しいが、事件が発覚し室内に入ったタイミングで回収する早業トリックや、スマートフォンなど小型の再生デバイスをドアの下から入れて回収などのトリックなら可能だと思われる。
結論
音を利用して誰もいない部屋に人がいたように見せかけることは可能。
音を利用したアリバイトリック
実現可能性:★★★★☆
面白さ:★★★★☆
④その他のトリック
各階・各部屋の構造が似通っているため寝ている間に別の階の同じ部屋に移動させて自分のいる部屋を誤認させるようなトリックがある。
これに関してだが実はチサンイン名古屋は階ごとに部屋の扉の色が異なる。そのため別の階に移動させて部屋を誤認させることは難しい。(例えば実は色弱だったため色の違いが分からなかったなどという形で工夫すればトリックとして成り立つ)
同じ階の部屋に関しては内側・外側さえ合っていればどの部屋から出ても廊下の風景が似ていることもあり誤解させることは可能だと思われる。
結論
別の階の部屋と誤認させることは難しいが、同じ階の部屋なら誤認させることが出来ると思われる。
部屋の誤認トリック
実現可能性:★★★★☆
面白さ:★★★★☆
事件を起こした後、ドアの後ろに隠れて密室を装う古典的なトリックがあるが、部屋の構造から隠れることはかなり難しい。
結論
ドアの後ろに隠れる隙間はない。
ドアの後ろに隠れるトリック
実現可能性:☆☆☆☆☆
面白さ:★☆☆☆☆
あとがき
これまでの考察から物理的なトリックではなく、アリバイトリックが現実的であるということが分かる。
例えば音のトリックと部屋の誤認トリックを組み合わせることで特定の部屋の状態を内側からも外側からも勘違いさせることができるかもしれない。
とはいえ実際に行うには同フロアで複数の部屋を予約し、ドアの隙間から入る音響機材を準備し、部屋を誤認させる人に睡眠薬を盛るなどして部屋の移動に気づかないようにし、誰にも会わないことを願いながら別の部屋へと人を移動させるといった到底現実的ではない手間がかかるのでやはりミステリはフィクションとして楽しむこととしよう。
***
以上が被害者が最後に更新したブログの記事です。
被害者はこの記事が投稿された翌日に708号室と7階の自動販売機コーナーから遺体となって発見されました。
発見箇所が2か所となっているのは被害者の胴体が708号室で、ビニール袋に入れられた頭部が自動販売機コーナーから発見されたためです。
708号室は首の切断時に出た血が部屋中に飛び散っていましたが、被害者とホテルの従業員以外の指紋は見つからず、頭部が入っていたビニール袋からも指紋は採取されませんでした。
部屋は荒らされていましたが被害者の荷物は残っており、財布やスマートフォンなどもあったため盗まれたものは無かったと考えられます。
【708号室に残されていたもの】
・財布(所持金12683円およびカード類在中。)
・スマートフォン(iPhone12。指紋は残っていなかった)
・708号室の鍵(被害者の指紋あり)
・被害者の洋服(血痕などは確認されなかったが散らかっていた)
・アニメショップのレジ袋(配布されている冊子のみ在中)
死因は頭部打撲による脳挫傷。死亡推定時刻は18:00~22:00頃との報告です。また遺体の首を切ったりなどの作業もろもろ含めて30分程度はかかり、頭部の切断は死後1時間以内に行われたことも判明しています。
フロントにて17:54に被害者のチェックインの記録が残っており、監視カメラにも入館時の映像が残っていました。監視カメラの映像によるとその後退館はしていないようです。
まず現場の隣である707号室の宿泊客から事情聴取を行いました。
【707号室宿泊者の証言】
事件当日は日中仕事があったので、だいたい19:00頃にホテルに帰ってきました。
その後は部屋で夕食をとったりテレビを見たりしていましたが、隣の部屋から不審な物音が聞こえるといったことはありませんでした。時々廊下から話声は聞こえましたが叫び声などは聞こえなかったです。
夜21:00過ぎくらいにシャワーを浴びたのでその時間帯は隣の部屋で何か音がしても気づかなかったと思います。21:00~21:20のだいたい20分くらいですかね。
次の日も朝から仕事の予定だったので23:00には寝ました。
睡眠薬を普段から服用して寝ているので23:00以降に物音がしても気づかなかった可能性が高いです。
8時以降は基本的に静かだったのでシャワーを浴びてる時間以外に隣の部屋で何か起きたら分かったと思います。特に人の出入りの音なんかも聞こえませんでした。
***
その後、被害者について調査をしていたところ事件当日にホテルで友人に会っていたことが分かりました。
被害者と友人はSNS上で知り合った友人らしく、該当の友人がホテルに出入りしていることは監視カメラにて確認済みです。(19:47入館、20:01退館)
以下は事情聴取をまとめたものです。
【被害者と会った青年の証言】
被害者の方とはSNSで同じゲーム作品が好きということで仲が良くなって、実際に会うのは今回が初めてでした。今そのゲームでは全国のアニメショップとコラボをしていてご当地限定グッズを出しているのですが、被害者の方は名古屋にそのご当地限定グッズを買いに来たようです。
かくいう私も東京のご当地限定グッズを代理購入してもらっていたのでそれを受け取りに会いに行ったのですけどね。
基本的にはTwitterのDMで連絡を取っていて、ホテルまでグッズを取りに来てほしいといわれたので当日夜8時頃に現場のホテルまで向かいました。
到着したら電話が欲しいといわれていたのでホテルについた時点で電話をかけ、電話をしながら7階までエレベータで上がりました。
7階に到着して708号室に向かっている途中で部屋から被害者の方が電話片手にドアを開けて出てきたので部屋の前でグッズを受け取りました。
その際、部屋の中が少し見えましたが散らかった様子はなく普通でした。少なくとも死体や血は無かったです。
顔に関しては初対面かつお互いマスクをしていたので、間違いなく被害者の方だと断言はできないですね。
とにかくグッズを貰って少し立ち話をしてすぐに帰りましたよ。滞在時間は10分くらいだったと思います。
【被害者と青年のDMでのやりとり】
被害者:17:48 今晩7時くらいに取りに来てもらうので大丈夫ですか?
青年:17:51 全然大丈夫です!場所どこですか?
被害者:17:52 ホテルまで来てもらう感じでもいいですかね。チサンイン名古屋の708号室なんですけど
青年:17:55 大丈夫ですよー!
被害者:17:57 お願いします!
青年:18:13 すみません!取りに行くの8時くらいになっても大丈夫ですか!?
被害者:18:48 大丈夫です!ホテル着いたら電話いただけますか?090-XXXX-XXXXです!
青年:18:52 ありがとうございます!了解しました!
青年:19:38 もうすぐホテル着きます!
被害者:19:39 はい!電話ください!
(その後19:46~19:49まで被害者と青年の電話の履歴を確認済)
***
7階に泊まっていた他の宿泊客やホテルの従業員にも一応事情聴取をしましたがあまり有意義な情報は手に入りませんでした。一部を抜粋します。
【722号室宿泊者の証言】
ホテルには夕方5時くらいにチェックインしました。18時過ぎに一回夕食を買いに外のコンビニまで行きましたがそれ以外はずっと部屋にいましたね。
夜8時ごろにのどが渇いたので自販機でドリンクを購入しましたが、その時には特に不審なものや人は見かけませんでした。8時の時点で7階は静まりかえってましたので、何か不審な音がしたら隣の部屋の人とかは気づくんじゃないかな。
【731号室宿泊者の証言】
夕食を食べてからホテルに帰ってきたので部屋についたのは大体21時過ぎぐらいだったと思います。特に怪しい人とかは見てませんが、事件当日の夜中2時ぐらいに自販機を使った際には例のビニール袋は置いてありました。こんなところにゴミを捨てていくなんて迷惑な人がいるなと思ったのを覚えているので。でもその時点では遺体だなんて思っていなかったので何もしなかったです。
【746号室宿泊者の証言】
事件当日は午後6時頃にホテルに帰って来たのですが、そのタイミングで被害者の方らしき人を廊下で見かけました。まぁ顔をしっかり見たわけではないので人違いかもしれませんが……その後20時過ぎに夕食に出かけて帰ってきたのは24時くらいだったと思います。自販機は使ってないので例のビニール袋に関しては分からないですね。
【ホテルの従業員の証言】
708号室のお客様は事件翌日にチェックアウトの予定でしたが、時間を過ぎてもなかなかチェックアウトされませんのでお部屋まで伺いました。ノックをしても返事がなかったのでマスターキーを使って室内に入ったところ遺体を発見しました。ドアの鍵はしっかりとかかっていましたし、扉に特殊な細工がされた後はありませんでした。
マスターキーに関してはフロントで管理されているので盗まれて使われたといったことはありえないです。
***
調査報告は以上になります。
犯人はどのように被害者を殺害したのでしょうか。
被害者が最後に目撃された20時以降は部屋の鍵も被害者と共に室内にあったと考えられます。またマスターキーはフロントで管理されていたため708号室に入るためには内側から被害者に開けてもらう以外の方法はありません。しかし707号室の宿泊客は8時以降に物音などは聞いておらず、人の出入りは無かったと証言しています。
被害者のブログにあったように静かな部屋で音を立てて人がいたふりをすることは出来るかもしれませんが、逆は無理でしょう。
707号室の宿泊客がシャワーを浴びていた21:00~21:20の20分間は唯一出入りが出来た可能性がありますが、、遺体の首を切断するのには少なくとも30分はかかるとの報告から考えてその20分で部屋に入って首を切断し外に出るということは出来なかったと思われます。
つまり"708号室は密室だった"と言えるでしょう。
***
益太警部
お疲れ様です。片理です。
捜査資料の展開ありがとうございます。確認しました。
"密室"ですか。面白いですね。
以下わたしの推理になります。
さて、今回の事件でわたしがまず着目したのは「どうやって隣の部屋の宿泊者に気づかれずに被害者を殺害したのか」ではなく、「なぜ被害者の頭部を切断したのか」です。
常識的に考えて、わざわざ被害者の頭部を切断して部屋から持ち出すなんてリスクを高めるだけでしょう。それなのになぜ犯人はそんなことをしたのか。
犯人は被害者の顔が必要だったのではないでしょうか?
被害者の頭部さえあれば、iPhoneのFace IDを突破してDMや電話をすることが出来ます。被害者と会ったという青年の証言によると被害者と青年は初対面でお互いマスクもしていたという話ですし、犯人が被害者になりすましていても気づかれなかった可能性は高いでしょう。
つまり、被害者は707号室の宿泊客がホテルに帰ってきた19:00よりも前に殺害されており、DMのやり取りや電話、青年へグッズを渡したのは被害者に成り代わった犯人だったということです。
部屋が荒らされていたのも犯人が青年に渡すためのグッズを探していたからと考えれば納得がいきます。
しかしここで一つだけ問題があります。
青年は708号室に行き、グッズを受け取った際に部屋の中がきれいだったことを確認したと証言しています。
当然青年がホテルに来た20時頃には被害者は殺害されており、部屋は頭部切断時の出血で汚れていたはずです。
ではなぜ青年はそれらを目撃しなかったのか。
犯人はこの「チサンイン名古屋」の構造を利用したのです。
1階から7階までエレベータで昇り、案内に沿って廊下に出ると712号室の前につきます。
そのまま進むと711号室、710号室、709号室と続いていますがその次の客室は「746号室」になっています。
青年はホテルについた時点で被害者と電話を繋いでおり、708号室に向かっているところで部屋から出てきた被害者と会ったと証言しています。
711号室、710号室、709号室と部屋番号を確認しながら進んでいて隣の客室から電話の相手が出てきたらその部屋が「708号室」だと勘違いしてしまってもしょうがないでしょう。
そうして部屋を誤認させた犯人は被害者のふりをしつつ、部屋の中を確認させることで被害者が20時頃まで生きていたと錯覚させた。
つまり犯人は746号室の宿泊客です。
その後は簡単です。犯行時刻を20時以降と誤認させた犯人は、それ以降の時間帯のアリバイを作るためにホテルから外出。その後深夜にホテルに戻ってきて自分の部屋の中に隠していた頭部を自動販売機の近くに捨てる。最後に利用していた被害者のスマートフォンから指紋を拭い、ドアの隙間から708号室に戻せばアリバイ成立です。
707号室の宿泊客の被害者の部屋に20時以降出入りは無かったという証言がなければ20時以降に誰かが部屋に入って殺害したと思われたでしょうし、その際にアリバイがある犯人が疑われることはありえません。遺体の処理をしているところで被害者のスマートフォンにDMが来たことで思いついたトリックだとは思いますが、上手く考えたものですね。
以上、よろしくお願いします。