ステラステージを買った話

 

 

はじめに

アイドルマスター ステラステージ(とPS4)を買った

それを呟いたら100favも貰えた。

 普段のイラストのファボ数より多い。少しもの悲しい気もするが、RT先のコメントを見ると喜んでくれている人が多い

僕がステラステージを買うことが他人の効用に影響を与えている。なぜだろうか?合理的経済人なら自分のことだけを考えているから他の人がどう行動しようと関係ない気がする。

何故か。

 

仮説

仮定1.公共財ゲーム的状況説。

アイドルマスターというコンテンツは公共財である。各プレイヤーが自身にとって合理的な分だけアイマスに課金して、その課金をもとにアイマスが成長して同じ効用をプレイヤー全員が受け取ることができるということである。よって他のプレイヤーがアイマスにお金を落とすことは自分の効用に対して正の効果を持つという仮説

 

仮定2.公正観内在説。

アイマスPは他の人のことを大事にしている自分の効用が高い方が嬉しいのはもちろん、他の人と自分の効用の差が少ない公平な状態の方が嬉しい。よって他のプレイヤーがアイマスをプレイして幸せになることは自分の効用に対して正の効果を持つという仮説

 

以上の2つの仮説が考えられた。個人的には1.の方がありそうな気がする。むしろソーシャルゲームの方が1.の状況に合ってるが。

 

なぜ買ったか

今度は逆に自分がなぜ買ったかを考える。他の人が嬉しがってる理由はなんでだろう?みたいなどうでも良いことは時間をかけて色々考えるが自分で物を買うときなどは何も考えずに買うことが多い

 

後ろ向き帰納法

経済学には後ろ向き帰納法という考え方がある。有限回のゲームの場合は最後の手番で何をするかを最初に考え、次にその前の手番さらにその前と遡ることで最適な行動や均衡が導けるという考え方である。

分かりやすく言えば死ぬ日が分かっていたら死ぬ前1ヶ月くらいは後先考えずに好きに遊ぶとかそういう話である。

ここで重要なのは「有限回のゲーム」という考え方である。繰り返す回数が多かったり無限回繰り返す場合は後ろから考えることができない。これによって均衡や行動が変わる場合がある。「囚人のジレンマゲーム」などを検索すればその例はたくさん見つかるだろう。

僕たちは生きているとなんでも無限に続いていく気がしてしまう。「こんな日がいつまでも続くと思っていた」というセリフが漫画でよくあるように。

しかし、現実は違うたいていのものには終わりがある

プロデューサーミーティングはそれを思い出させるようなものであった

そこで僕は考えた。

 

明日アイマスが終わるならどうする?

 

この問いと同じような状況はGREE版ミリオンライブ!をやっていたプロデューサーや、アイモバP、もちろんアケマスPも味わっているだろう。

思い出せば自分はグリマスが終わると知ったとき、初期登録から少ししかやっていなかったくせに最後だけイベントをプレイしたりアルバム埋めをさせてもらったり親愛度上げをしたりした。なんなら動画も作った

 

サービスは終了するのにだ

 

なぜ最後になってやりたくなったかの理由などはどうでもよく、問題は終わるとなったら僕はもっとゲームをやっておけばと思うし、ゲームをやるということである。

 

ここで後ろ向き帰納法で考える。明日アイマスが終わるならゲームをプレイするか?

→Yes.

明後日アイマスが終わる。明日はゲームをプレイする。今日はゲームをプレイするか?

→Yes.

明々後日アイマスが終わる。明日・明後日はゲームをプレイする。今日はゲームをプレイするか?

→Yes.

....

PS4を買ってゲームをプレイするか?

→Yes.

 

完璧な後ろ向き帰納法である。ちなみにこれはライブについても言える

 

今回がFinal Liveである。行くか?

→Yes.

次回がFinal Liveである。次回は参戦する。今回は行くか?

→Yes.

...

 

ここから言えることは一つ。

もし自分が最後だと分かってたら買うor行くという人間だと思うなら

 

「買えるなら買う。行けるなら行く」

 

これだけだ。

 

終わりのないものなどないのであるから、後ろ向き帰納法で考えることは合理的である

 

終わりがあることを僕たちはグリマスで、アイモバで、アケマスで、さらに言えばμ'sで、WUGで知っているはずなのだから。