一般意志と全体意志 ー劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~とシンデレラガールズ総選挙ー

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前書き

劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~を見てきました。非常に良かったです。

 

努力は報われない努力の量と結果はイコールではない

 

フィクションですが現実よりも現実的な話だった気がします。

 

映画を見ている最中にこのオーディションの話は一般意志全体意志の話に近いな。そして一般意志全体意志の考えは今自分がシンデレラガールズ総選挙投票先に悩んでいる根本的な理由だなと感じたので記事にしています。

 

ここだけ読むと意味がわからないと思いますが、これから説明していきます。

 

 

※なお映画の内容に関する一部ネタバレがあります。ご注意ください。

 

 

一般意志と全体意志

そもそも一般意志全体意志とは学校でも習うルソーの社会契約論に出てくる言葉です。

《〈フランス〉volonté générale》私利を追求する個々の意志の集合(全体意志)ではなく、共同の利益のため利己心を捨てて一体となった人民の意志。ルソーが使用しはじめた用語。

 

デジタル大辞泉より引用

 

 厳密にはルソー以前にも使われていた単語ですが、簡単に説明すれば

 

  • 一般意志 社会にとっての幸福を追求するもの
  • 特殊意志 個人にとっての幸福を追求するもの
  • 全体意志 特殊意志の総和

 

のようになると思います。

 

オーディションと一般意志

ここで映画内のオーディションの話に繋がります。

 

映画内では「オーディションは演奏技術が高い人が受かるべきだと思うが、内心みんな卒業してしまう3年生が受かって欲しいと思っている」といった話がありました。

 

ここで上の一般意志と全体意志の話を持ってくると

 

  • 一般意志 吹奏楽部としての目標である全国大会出場のために演奏技術の高い人がコンクールに出場するべきである。
  • 全体意志 仲が良い先輩に最後のコンクールに出て欲しいという特殊意志の総和。

 

といった形で考えられると思います。

 

 

オーディション滝先生という各部員の特殊意志から離れた存在による意思決定なので一般意志に近い形が最終的には示されましたが、これが部員によるオーディションだったらもしかしたら昔の北宇治のように上級生がコンクールに出場する形になっていたかもしれないです。

 

少なくともはそういった結果を望んでいました。自身の特殊意志として他人の特殊意志を推察した上での意思決定です。

 

しかし、ユーフォパートの最終的な選択はオーディションにしっかりと向き合うことで演奏技術の高い人を選んでもらうという選択でした。

 

この結果にたどり着くために久美子対話がありましたが、この対話が一般意志にたどり着く一つの方法なのかもしれないです。

 

囚人のジレンマと一般意志

ルソー自体は一般意志にたどり着く方法について詳しく述べていません。

 

ゆえに公共の利益というゴールの存在だけが提示されてそこに至る道が分からないという難しい状況になっています。

 

これはゲーム理論における囚人のジレンマのようなもので個人が自己の利益を追求した行動をとり続ける限り社会的に望ましい(囚人のジレンマの場合は結果として個人としても望ましい)結果にたどり着けないということです。

 

囚人のジレンマの解決策フォーク定理で証明されていますが、これも相手の戦略が分かることでお互いに自己利益のために行動することが結果として社会の利益のためになるという考え方もできると思います。

 

総選挙と一般意志

ここでいきなりシンデレラガールズ総選挙の話になります。

 

シンデレラガールズ総選挙における一般意志とはなんでしょうか?

 

シンデレラガールを決める」という共通目的があり、それが公共の利益だというのなら僕は例年通り高垣楓に入れ続けるでしょう。

 

ただ最近はそれだけでもないのかなと感じるようになりました。これは一種のノブレス・オブリージュ的な思想であるとは思いますが、高垣楓が一度シンデレラガールになったからこそ見えてきた視点ではあります。

 

シンデレラガールズ総選挙特殊意志のぶつかり合いであり、全体意志を表に出すものです。

 

だからこそ一般意志として、シンデレラガールズにおける公共の幸福とはなんだろうと考えてしまいます。

 

ベンサム功利主義に考えれば担当Pが一番多いアイドルがシンデレラガールになることが公共の幸福でしょうか?

それとも担当Pが一番多い声待ちアイドルに声がつくことが一番幸福の総量が増えて公共の幸福となるのでしょうか?

ロールズのマキシミン基準で考えれば一番出番がないアイドルに出番を与えることが公共の幸福でしょうか?

 

などと考えてしまうと集めた投票券をどこに投票すれば良いのか分からなくなってしまいました。

私は自分の票が死票になるとかそんなことはどうでもいいのですが、自分が正しいと思うことをしたいと思っています。ただ何が正しいのかが分からないのです。

 

あとがき

映画内で結果として北宇治高校の頑張りは報われませんでした。

ただ私は結果じゃなくて結果にたどり着こうという意思決定にこそ意味があると思います。

ちょうどジョジョ5部のアニメもやってますが「真実に向かおうという意志」を持つということが映画内で言えば全国大会、今回の記事で言えば一般意志という結果にたどり着くために必要なことかなと。

何が正しいかなんて分からないですが、正しくあろうとすることに意味がある。

貝木泥舟風に言えば偽物の正しさです。偽物ゆえに本物より本物であろうとする。

ただ人々が個人の幸福である特殊意志から離れ、一般意志にたどり着こうとした選択をすれば結果として一般意志にたどり着けるのかもしれない。そう思っています。

とりあえず総選挙の投票先は悩んでみます。答えが見つかるとは思いませんが考えて悩むことに意味があると思うので。