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批判するって難しい

日常 ネタ

はじめに

最近絵本が無料になった話が色んなところでもちきりですね。主にネット界隈だけですけれど。

まぁこれに関して個人的にどう思ったかみたいな話をすると声豚だから声優が叩かれたのがあんまり気に食わなかったぐらいしかないんですけれどTogetterとかを見てると様々な意見が出てます。

ただどれ見てもしょうもないなとしか思えないんですよね。

僕は心情的には批判的な立場なんですけれどTogetterとかで見る批判って全然批判になってないと思うんですよね。これについていろいろ考えていきたいと思います。

 

なぜダメなのかを説明する

まず批判するにはこれが必要です。

togetter.com

例えばこのまとめはTwitterの使い方として引用の仕方が卑怯だという観点で批判してます。これは正当な批判だと思います。なぜなら卑怯だと考えるのは個人の考えですし証明とかしようもないですからね。ただこれは本質的な問題とは別の形での批判になってるのであんまり意味のない批判だと思います。

 

togetter.com

ではこの批判はどうでしょう?無料公開による市場崩壊メカニズムを説明しています。つまり「無料公開」は「市場にダメージを与える」からダメ。という理論です。まぁ僕は経済学部生なので市場崩壊させるということを数式で証明してほしいなと思いますが100歩譲ってそこは置いておきましょう。ここでいう無料公開やダンピングというのは

  • 正当な理由がないのに商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給する行為
  • その他不当に商品又は役務を低い対価で供給する行為(Wikipedia内不当廉売のページより)

 のことを指してると思うのですが、別に絵本はクラウドファンディングでお金を集めてさらに普通に売って儲けているわけで最初からタダで売ってるわけではないのでこのダンピングには当たらないのではないかと思います。無料公開=ダンピング=悪いことという等式のなかの無料公開=ダンピングが成り立たないのでこれも批判としての意味はありませんね。

 

mistclast.hatenablog.com

ではこの批判は?この批判は割と正しいと思います。つまり方法に対する批判ではなく、態度を批判しているからです。どちらかといえばこれも最初の批判に近いモラル的な批判であり個人の価値観での批判だから問題ないと思うのです。

 

じゃぁどう批判すればいいの?

まぁこうなると思う。僕は今の僕の頭では批判できないなと思ったから批判を一切してないのだが例えばこんな形で批判できると考えられる。

 

例1.無料公開ビジネスが1期間では合理的な選択に見えるが繰り返して行われる場合には非合理的だからやるべきではない。

今回の無料公開ビジネスやブラックジャックによろしくの無料公開は成功してるから無料公開は批判できないというのは正確に言えば正しくなく、それによって今回得られる利得+将来的に得られる利得を現在価値で割り引いた値が無料公開しなかった場合よりも大きければ一見合理的でも非合理的であると批判できる。

ただこれは多分無理だと思う。モデルをどう立てても将来の利得の割引率が極めて高かった場合は1期間での利得の大きさが重視されるし、どう考えても無料公開ビジネスは知名度も上がるし将来の利得に+の影響を与える力の方が大きいと考えられるからだ。

先ほどの市場にダメージを与えるから選択した個人も将来マイナスの影響を受けるため合理的ではなくなるという主張も時間選好率の違いで合理性を満たす。

では他のクリエイターの立場にたっての問題はどうだろう?

 

例2.無料公開ビジネスは個人にとっては合理的であるが、他のクリエイターに迷惑だからやるべきではない。

これはモデルを立てれば証明は出来そうである。ただし他のクリエイターに迷惑を与えるが、個人は利益を得るという行動を批判するのも難しいと思う。人に迷惑をかけちゃいけないという観点で言えばいい作品を作ってシェアを伸ばすのも他のクリエイターにとっては迷惑であり、同等に批判されるべき行動となるし、無料公開前と無料公開後の社会状態の変化を社会厚生関数を利用して比較し、特定の基準の下では状況が悪くなってると証明できるだけである。大体他のクリエイターにとっては迷惑かもしれないが、無料公開は消費者にとっては好ましい事象のはず(なのになぜこんなに消費者からもたたかれてるのかは不思議である)なので消費者にとってのプラスの影響とクリエイターに対してのマイナスの影響のどちらが大きいかなどを計算しなければ批判できないだろう。

 

例3.無料公開ビジネスは個人にとって合理的であり、一期間では消費者にとっても良い影響を与えるが、市場にダメージを与えて結果として消費者と他のクリエイターに迷惑をかけるから良くない。

これも頑張れば証明できるかもしれないが僕は面倒くさいからやりたくない。まぁ確かにダンピングとかが起きれば市場は崩壊するかもしれないが、今回のケースはダンピングとは違うと思うので何とも言えない。というか個人的に今回の無料公開ビジネスは販売方法ではなく広告の一種だと考えているので販売方法としての問題提起はあんまり意味が無さそうだと思う。まぁ暇な人はこれを証明してくれるとうれしい。

 

例4.なんか気に食わないから絵本無料公開はクソ。

これは割といいと思う。なぜなら先ほどから言ってるように個人がどう感じたかで批判するのは証明もいらなければ相手からの批判も難しいからである。強いて言えばあくまで個人の感想だから大した意味もないというくらいであろう。

 

例5.みんなが悪いと言ってるから悪い。

これも個人的には面白いと思う。コンドルセ陪審定理という定理があって、簡単に説明すると各個人が1/2よりも正確な判断能力を持っており、個人の人数が十分に多い場合、多数決で判断した結果の正解率は100%となる。という定理である。詳しくは

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

多数決を疑う――社会的選択理論とは何か (岩波新書)

 

 とかを読んでくれると分かりやすい。なにげなく自分が経済学を習っている先生のステマをしてしまったがまぁそれは置いておいてこの理論に基づけば集団の中で多数が悪いと言ってるから悪いといえよう。これはなかなか面白い着眼点だと思う。とはいえこれに対してもクリエイターの意見は除くべき(利害関係にあるため)だとか、個人は判断が独立でなければいけないためクリエイターのフォロワーの意見も除かなければいけないだとか、そもそもネットはノイジーマイノリティーが多いから批判してるやつらが多数派とは限らないとかいろいろ問題があると思う。とはいえこんな方法もありと言えばありだと思う。

 

おわりに

色々考えたがやはり完璧に批判することは出来なかった。前回の記事で

viola-voila.hatenablog.com

 悪口を言って笑いをとる人間を批判は出来なかったのと同じようにきちんと批判するというのはなかなか難しいのだ。なぜなら人はそれぞれ異なる価値基準を持っており、絶対的な社会の良さを測る基準など存在しないからだ。完璧に批判できる状況というのは誰も損害を受けず全員の状況が今と同じかそれより良くなるという案を提示できる時くらいだと思うし、そんな状況はあまりないのだ。だから個人的には無駄に論理的っぽく批判するのではなく、「自分は気に入らない」とかそういう形で批判したほうがいいとは思った。また各個人の行動によって合理的選択を非合理的にすることは出来るので多数の人間がそういった行動を行えば気に入らない行動を無くすことは出来ると思う。