悪口を言って笑いをとる問題

はじめに

先日、昔入っていたサークルの人たちと食事に行ったのだがここでこんな話があった。

 

「サークルでは「愛のあるいじり」として悪口言って笑いとるのが認められてるけど普通の社会では叩かれるわ(笑)」

 

当たり前だろと僕は思ったが確かに僕が所属していたサークル内では「面白い=正義」のようなルールが課されており他人をいじって(不快にさせたとしても)笑いをとれたら許されるという風潮があった。僕はそういった風潮が嫌だったことなども含めてサークルを退会したのだがこの問題について経済学部生らしく経済学的に考えていきたいと思う。

 

モデル構築

 愛のあるいじり≒悪口を面白いという人は過激な発言をすることが面白いと主張しているのでまずはそれについて考える。以降いじりはすべて悪口と表記する。

x:発言量

f(x):悪口を言った時に期待される面白さ(言われた人以外にとって)

g(x):悪口以外の面白いことを言った時に期待される面白さ

とするとf(x)≧g(x)となるはずである。ここでプロスペクト理論による意思決定メカニズムにおいて面白さ至上主義の人たちは悪口を言うことを選択していると考える。

 

プロスペクト理論とは1979年にカーネマンが提唱した理論である。この理論は期待効用理論では説明できない意思決定に対して合理的に説明するために作られた理論である。詳しく説明すると時間がかかるため簡単に説明すると重要な点は

・人は参照点からの変化を重視する。

・人は利得と損失では損失の方が大きく感じる

・人は確率が提示された時に客観的な確立ではなく、心理的な確立の評価であるウェイト関数を利用する。

といった3点である。

ここで

p(0≦p≦1):悪口を言った時にウケル確率

q(0≦q≦p≦1):悪口以外の面白いことを言った時ウケル確率

とおくとプロスペクト理論を利用して  

f(x)=x^0.88×p^0.61/{p^0.61+(1-p)^0.61}^1/0.61≧g(x)=x^88×q^0.61/{q^0.61+(1-q)^0.61}^1/0.61

とおける。ここで悪口を言われた側はウケてもウケなくても面白く感じないという点も式に組み込むと

f(x)=x^0.88×p^0.61/{p^0.61+(1-p)^0.61}^1/0.61(悪口を言う側),-2.25x^0.88(悪口を言われる側)

となる。

 

ここで社会厚生関数を利用して人々の選択を考える。通常は効用関数を利用して個人は選択を行うと考えられるが、今回は利他的効用関数の代替として社会厚生関数を利用してみる。なぜ社会厚生関数を利用するかと言えば明後日にあるミクロ経済学の試験範囲に社会厚生関数があるからである。社会厚生関数とは社会の良さを表す関数であり、個人の効用が共通の尺度で測られており比較可能という条件下で使われる。

例えば功利主義基準という基準ではすべての人の効用和によって社会の良さを考え、マクシミン基準では効用が最小の人により社会の良さを考える。

功利主義基準で悪口を言うか言わないかを考える人は空間に存在する人数によって悪口を言うか言わないかを選択すると考えられる。これは例えば人数をNと置き、x=100,p=0.8,q=0.6の時、上記の面白さの総和を計算すると

悪口を言った場合 -129.474+(N-1) ×43.8857= -173.36+N ×43.8857

悪口を言わなかった場合 N×35.8373

となりN>21.5397の場合、悪口を言う方が社会的によい状態になるからである。これは芸人などのいじりがこの例では当てはまると考えられる。芸人のいじりはその面白さの受け手がテレビなどを通じて非常に多く、悪口を言われた一人が受ける損失よりもそれを見て面白く感じる人たちの利益の和の方が大きいから芸人のいじりは許されるという考えである。

しかしマクシミン基準で考える人は悪口を言わない。なぜならマクシミン基準では最も効用が低い人の値を利用して社会の良さを図るため、1人が損失を受ける悪口を言う場合よりも誰も損失を受けない悪口を言わない場合の方がよいからである。テレビのいじりが不愉快だという考えの持ち主はこういった考えの人が多いと考えられる。

対照的な考えとしてマクシマックス基準という考えがある。これは最も効用が高い人の値だけを利用して社会の良さを測るという考えである。この基準を持った人は悪口を言う。状況に関わらずである。なぜなら悪口を言ったほうが面白いからである。僕個人としてはどうかしてると思うが、この選択を経済学的に批判することは出来ない。なぜならこの基準を持った人にとって悪口を言うことは合理的な選択であるからである。

このように個人の考える社会厚生関数によって悪口を言うか言わないかの選択が行われるということが分かった。

ここでどうすれば悪口を言う人を減らせるかどうかを考える。これは簡単で悪口を言わないことでウケる確率qをできるだけ悪口を言うことでウケル確率pに近づけることである。これは悪口を言う笑いを社会的に許さないことで簡単に達成できるだろう。これによりp=qとなれば功利主義者も絶対に悪口を言わなくなり、マクシマックス基準の持ち主も悪口を言うインセンティブがなくなる。またq>pとなれば基準に関係なく悪口を言わないことが合理的選択となる。すなわち悪口問題に対する反応として正しいのは悪口を言って笑いをとろうとする人間に対してそれは面白くないときちんと伝えてあげることである。

 

おわりに

僕は最初は経済学を使って悪口を言う人を批判しようと思ってこの記事を書き始めた。ところが経済学では彼らの選択を批判することが出来なかった。なぜなら悪口を言うことが悪いというのはモラルの問題だからである。とはいえ解決策は経済学的に提示できたため、これからは悪口を言って笑いをとろうとしてる人間に対しては面白くないときちんと伝えていこうと思う。悪口問題に関して一人一人でできることは小さいかもしれないがそういった行動が問題解決に役立つと思うので出来るだけ頑張っていきたいと思う。

 

 

行動経済学 -- 伝統的経済学との統合による新しい経済学を目指して

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社会を数理で読み解く -- 不平等とジレンマの構造

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